大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)1493号 判決
原告 野口政夫 外二名
被告 日本国有鉄道
一、主 文
原告等の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、
被告が原告等に対し、昭和二十四年七月十五日附をもつてなした解雇は無効であることを確認する。
被告は昭和二十四年八月十日以降毎月一般職員の給料支払日に一ケ月について、原告野口には一万八百二十三円、原告島岡には六千百四十五円、原告細岡には一万四百六十二円の割合による金員を支払わねばならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決、ならびに金員支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、
その請求の原因として、
原告等は被告日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)の職員であつて、国鉄労働組合の組合専従者として組合から毎月それぞれ前記請求の趣旨に記載の如き賃金を受けていたものであるが、被告は、原告等を昭和二十四年七月十五日附を以て、行政機関職員定員法(以下定員法と略称する)により免職するとの理由で解雇した。しかしこれは左の理由により無効である。
一、定員法は第一条に示す様に行政官庁ならびに外局を含む行政機関の職員に適用される法律であつて行政機関ではない法人の職員に適用されるわけにはいかないのであるが、国鉄は行政機関ではないから、同職員は行政機関の職員ではなく、従つて定員法の適用を受けない。もつとも、定員法附則第七ないし第九項によれば、同法が国鉄の職員にも適用せられるものの如く規定されているが、日本国有鉄道法(以下国鉄法と称省する)と定員法とは共に昭和二十四年六月一日に同時に施行せられたもので、両法律の規定中矛盾する部分は基本法たる国鉄法によるべきであるから、定員法附則第七ないし第九項はこの点において法律効果を発生しない無効のものである。本件解雇は被告がかかる適用すべからざる法律を適用してなしたのであるから無効である。
二、仮に右主張が理由がないとしても、被告が原告等を免職した理由は単に名を定員法に借りたに過ぎず実質的には次に述べる如く原告が正当な組合活動をしたことにあるのであるから本件解雇は公共企業体労働関係法(以下公労法と略称する)第五条の規定に違反するいわゆる不当労働行為であつて無効である。すなわち、被告の利益代表者である大阪鉄道局天王寺管理部長小字羅友一は原告袖岡、島岡に対して昭和二十四年七月十五日解雇申渡しの際、その理由を原告両名の過去三年間の言動が現在の国鉄の運営に協力的でないという理由に基いて解雇する旨、そして右非協力とは職務の遂行について非協力という意味ではない旨言明し、又原告野口に対しても翌十六日通達に際して、前同様の非協力が解雇の理由である旨言明している。しかしながら原告等はいずれも組合事務専従であつて、職務執行義務はないのであり、従つて職務上の非協力ということはありえない地位にあるから、被告のいわゆる非協力とは組合活動を指す以外にはありえない訳である。
以上の理由により被告の原告等に対する右解雇は無効であるから、その確認を求めると共に、原告等は昭和二十四年八月十日国鉄労働組合支部大会においていずれも組合事務専従者の職を解かれ一般職員の身分に復帰したが、組合事務専従者の賃金は一般職員なみに昇給し、一般職員の地位にあれば被告から受くべき賃金と同額であるから解雇後未だ給料の支払を受けていない昭和二十四年八月十日以降毎月一般職員の給料支払日に原告等に対しそれぞれ請求の趣旨にのべた通りの金員の支払を求めるものである。
と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、
国鉄はその名の示す如く国有であることは何人も異論のないところであるが国有であるということから直ちにその法律関係一切が公法関係ということではない。問題は国家の支配監督がどの様な法的規制の下にあるかによつて決るのである。そこでまず、国鉄法が成立する沿革から考察すると、昭和二十三年七月二十二日附マツカーサー元師より当時の芦田首相宛の「鉄道ならびに塩、しようのう、タバコの専売等の政府事業に関する限り、これらの職員は通常公職からは除外されてよいと信ずる。しかしながらこれ等の事業を管理し、運営するために適当な方法により公共企業体が組織せらるべきである……」との書簡に基き政府は公共企業体の組織につき種々研究の結果アメリカの公共企業体TVAの法制を母法として国鉄法を制定したものであることは公知の事実であるが、右TVA法(テネシー河域公社法)では広汎なコーポレートフリーダム(会社的自由)を認めて人事、運営は恰も一般私法人たる株式会社と変りなく能率的な運営に支障なからしめており、このいわゆるコーポレートフリーダムが公共企業体の特徴であり不可分の要素である。従つてTVA法を母法とした国鉄法がその本質を、TVA、換言すればアメリカの公共企業と同一の性格を有すべきは当然である。
国鉄が公共企業体であることは疑ないが、それが私法人であるか否かは、国鉄法が具体的にどの様に規定しているかを検討して判断する外ない。国鉄法第十二条に「日本国有鉄道は公法上の法人とする。………商事会社ではない」と規定しているが、この公法人という法律語は従来ドイツ法流の解釈をそのまま適用して国家機関すなわち、行政機関的性格をもつものと即断すべきでなく、「公共企業体」というのと同義異語にすぎないのである。
国鉄が国家行政組織法第三条所定の行政機関に包含されず、又国鉄法第三十六条が特に国鉄の会計および財務に関しては国鉄を国の行政機関とみなす旨規定している点からも行政機関でないことは明らかである。
尤も国鉄を内閣が任命した監理委員会の指導統制に服させ(第九条)総裁は内閣が任命し(第二十条)予算は国会の審議を必要とし(第三十八条)会計は会計検査院が検査し(第五十一条)運輸大臣の監督に服する(第五十二条)等の規定があるが、これは公共企業体たる性格上国家又は政府の監督支配が相当強いものであることを示すにとどまり、これがため国鉄が行政機関たる性格を有するというべきではない。
又国鉄法第三十六条は道路運送法、電気事業法、土地収用法等の適用について国鉄を国の行政機関に準じて扱うことにしているがこれも公益性確保の立場から特定の場合に限つての取扱であり、だからこそ「準じて」取扱うのでこのために国鉄が一般的に行政機関として取扱わるべきでないことは明らかである。
次に国鉄とその職員との法律関係であるが公共企業体としての国鉄の人事管理は全くコーポレーション、フリーダムによつて自主的、自治的に行われるのであることは国鉄の性格上疑う余地がないが規定の上から言つても、国鉄職員には国家公務員法の適用なく(国鉄法第三十四条)賃金、労働時間および労働条件、就業規則、時間外割増金、休日および休暇し懲戒規則ならびに昇職、降職、転職、免職、休停職および先任権の基準に関する規則、苦情処理機関、安全、労働協約の終期、更新および延長等について国鉄職員は国鉄と対等の立場で団体交渉を行うことが認められ(公労法第八条)このことは一般公務員が給与、勤務時間等の決定について団体交渉権が認められず降任、免職、休暇等の決定については法律又は人事院規則に一任せられているのと著しく異る。又国鉄と職員間の紛争解決方法として調停および仲裁の制度が設けられている(公労法第十九ないし第三十七条)のであるが国家公務員が懲戒、降任、免職休職等の処分について、人事院に審査請求ができるけれども、その事実認定は人事院の専権に委ねられている(国家公務員法第九十ないし第九十二条)のと異り、むしろ私企業の労働関係に適用される労働関係調整法第十七ないし第三十五条に規定している調停仲裁制度に近似しているのであつて、上下服従に非ずして、当事者対等を基本理念としているものと言うべきである。
もつとも、国鉄職員は法令により公務に従事するものとみなされ(国鉄法第三十四条)ているが、これは罰則の適用その他職務の執行について公務員と同様に取扱う趣旨に過ぎず、又任免は受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基いて行い(第二十七条)一定の場合には意に反して降職免職(第二十九条)休職(第三十条)され又懲戒処分を受け(第三十一条)職員はその職務を遂行するについては誠実に法令および国鉄の定める業務上の規程に従い全力をあげて職務の遂行に専念しなければならない(第三十二条)等の規定があるが、これと同趣旨の規定は私企業における就業規則、従業員規則等にも屡々みられるところであつて、国鉄に限つたことではない。又恩給法(第五十六条)国家公務員共済組合法(第五十七条)健康保険法(第五十九条)等の準用については、国鉄職員は国に使用されるものとみなし国鉄を行政庁とみなすのであるが、これは国家の行政機関が経営していた鉄道事業を国鉄に引継いだため引続き前記法律を国鉄およびその職員に適用するための便宜的技術的規定にすぎない。
以上の諸点から考えてみると国鉄と職員との関係は実定法上純然たる私企業とその従業員との関係と全く同一であるということはできないけれども服従の権力関係の公法原理よりはむしろ当事者対等、私的自治の私法原理が支配している色彩が濃いと言えるから、国鉄総裁を行政庁その職員を国家公務員に準ずべきものとしてその関係を公法関係として取扱うべきものではない。
次に定員法による人員整理の法律関係であるが国鉄とその職員との法律関係が本来私法関係である以上定員法の狙いが公権力を発動させて職員の免職を実施するにあるとしても、一片の法律により私法関係が公法関係に転化することは法論理上ありうべからざるところである。当事者対等、私的自治の特権は言わば基本的人権とも称すべきであるが国鉄とその職員の基本関係を公法関係とする立法措置を講じた上ならともかく、然らずして、只一片の定員法附則によりこれを一瞬にして奪いこれを非平等不自由の特別権力関係に置き換ることができるならば、法治国主義は完全に喪失し去り基本的人権も空中楼閣と化し去るであらう。
定員法附則第七ないし第九項によれば団体交渉も許されず苦情処理共同調整会議に苦情を申出ることも許されず全く一方的に意に反して免降職できることになつているが、この様に当事者の一方が全く一方的に相手方当事者を免降職しうることは私法領域においても見られうるところであつて例えば協約を持たない工場、事業場等――だからと言つてその私法関係が直ちに公法関係に転化したとは何人も言いえないであろう。定員法が国鉄総裁に職員の免職等の一定の権限を附与したとしてもそれは行政組織法上――公法上――政府と総裁との間に拘束力を生ずるに留まり、国鉄と職員との私法関係に介入してその効力を有しえないことは明らかで、これは行政法によつて既存の法律を破ることをえないし、又法律の根拠なくして、人民に新たな義務を課し、権利を制限することをえないことは、オットー、マイヤーの指摘する法律優位の法理であり、いわゆる法治行政の原則である。要するに定員法による免職の場合も、国鉄と職員との関係は依然私法関係たるべきもので、本件免職の無効確認を求める訴の被告たるべき当事者は日本国有鉄道であつて、国鉄総裁ではない。
と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は、
本案前の抗弁として、
原告等の訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
との判決を求め、その理由として、
一、本件免職は国鉄総裁が定員法附則第八項に基き公法上の処分として為したものであるから、これが不服の訴は総裁の処分の取消を求める訴を提起すべきであつて、その無効確認を求めるのは失当である。
まず国鉄の性格につき考えてみると、国鉄法第一条に規定する様に、従前純然たる国家行政機関によつて運営せられてきた国有鉄道事業を国から引続き、これを最も能率的に運営発展せしめ、もつて公共の福祉の増進に寄与するという国家的目的を与えられ、国家の意思に基いて特に法律により設立せられた法人である。すなわち国営事業も企業である以上事業の公共性を確保すると共にその運営の高能率化を計り財政的独立を達成する必要がある。これがため運営方針、予算、会計、人事等の面において一般行政機関とは異る自主性を確保するという必要性から日本国有鉄道が設立されるに至つたものである。そして日本国有鉄道はその資本は全額政府出資によるものでありこれは謂わば資本は国民に属することを意味し国民はその資産を国鉄に信託し、国鉄は受託者として受益者である国民のために、国民に代つてこれを運営管理するものでその企業の経済的所有は株式会社の如く私人に帰属するものでなく国民に帰属するものである。従つてその企業は公共の支配の下におかれ、国民の利益を直接代表する機関である国会、政府の支配監督の下におかれることになるわけである、すなわち国鉄は内閣の任命する監理委員会の指揮統制に服し(国鉄法第九条以下)その総裁は内閣が任命し(第二十条)、予算については国会の審議を必要とし(第三十八条)会計は会計検査院が検査し(第五十一条)、運輸大臣の監督に服する(第五十二条)のである。この様な性格をもつた国鉄は行政法上のいわゆる公共団体(公法人)であり、実定法上も国鉄法第二条はその旨を宣明している。
次に国鉄とその職員との関係であるが、国鉄法中職員に関する規定を検討してみると、職員の任命は能力の実証に基いて行わるべきこと(第二十七条)、一定の事由あるときは懲戒の処分を受くべきこと(第三十一条)、職員は職務の遂行については法令、業務規定を誠実に遵守する外、その余力を挙げて業務に専念しなければならないこと(第三十二条)等が規定せられ、国家公務員に対する身分、服務に関する国家公務員法の規定とほぼ同様の規定がある。只、国鉄法に職員が全体の奉仕者として勤務すべき旨の規定の存しないのは、前述の様に国鉄が公共の福祉の増進をその存立の目的としている以上、当然のことなので敢て明文を置くまでもないからである。以上の各規定の形式及びその実質を洞察すれば国鉄と、その職員との関係は公共団体の組織に関する法律関係であつて、いわゆる特別権力関係たる公法関係であつて、一般民法上の契約理論に基く、対等者の私法的雇傭関係であるとは到底解釈することができない。
もつとも、国鉄職員が公労法第八条によつて一般私企業の従業員と殆ど変らない広大な団体交渉権を有し、国鉄と対等の立場を有するものであるとの理由でその地位が私法的なものであるとの考え方があるがその有する団体交渉権は昭和二十三年政令第二百一号施行前の国家公務員や地方公務員(これらの公務員が当時、国家、地方公共団体と公法上の関係にあつたものであることは疑問の余地がない)の有した団体交渉権に比較して、却つて著しく制限されたもので、決して一般私企業員のそれの様に広大でなく到底国鉄と対等の立場にあることを示すものではない。すなわち、職員の免職、降職、休職に関する基準や懲戒規則に関する団体交渉の範囲は国鉄法第二十九条、第三十条、第三十一条の規定の制限の下にのみ許され、この法律の規定を無視して自由に交渉協定することはできない。又賃金その他経費の支出を要する事項についての団体交渉による協定も国会においてこれを容れる行為がなされるまでは、その効力を生じない。(公労法第十六条)この様に国鉄職員の団体交渉権は一般私企業における職員の団体交渉権とは異る制限的なもので、この事は国鉄とその職員との関係が前述の如く公法上の関係であるという一証左にもなる。又一説に前述の国鉄法の各条の規定は私企業においても就業規則、従業員規則等においてみられるので国鉄に限つたものでないと論じ、国鉄とその職員との関係が公法上の関係でないとの論拠とする者がある。しかし、就業規則、従業員規則等に、前記の如き国鉄法の各条と同様の事項を設けたとしてもその規則の作成に当つては必ず使用者は労働組合又は労働者を代表する者の意見を徴して作成したものであるばかりでなく(労働基準法第九十条)しかもその規則は法令および労働協約の下においてのみ効力を有し、法令又は労働協約の条項に反することはできない(同法第九十二条)。従つて就業規則、従業員規則等は労資双方の合意によつて自由に変更改変のできる性格を有するものである。ところが前記国鉄法の各条は労働協約をもつてしても、これを変更することができないものである。これは国鉄の有する法的性格からくるもので、これらの規定は強行規定であつて、国家公務員に対する国家公務員法のこれらの規定と同一の性格を有するもので私企業における就業規則とその性格を同一視することができないものである。
次に、国鉄職員の任免権者が誰であるかは国鉄法自体においては必ずしも明確ではないが、その第三十一条、国鉄法施行法第五条定員法附則第八項の規定よりすれば、総裁にその権限を認めたものと解するのが正当である。従つてこの場合における総裁は行政庁としての性格を有し、その行う任免行為は行政行為と観念せらるべきである。
仮に国鉄職員の身分上の関係が通例の場合においては私法上の関係であるとしても、少くとも定員法に基く本件免職の場合は公法上の行政処分である。
定員法附則第七項ないし第九項は国鉄職員は昭和二十四年十月一日においてその数が五十万六千七百三十四人を越えない様に同年九月三十日までの間に遂次整理されること、日本国有鉄道総裁は右規定による整理を実施する場合においては、その職員をその意に反して降職し、又は免職することができること、公労法第八条第二項および第十九条の規定は右の場合に適用しない旨を定めている。すなわち、この規定によると整理の必要ある員数に充つるまで総裁は職員をその意に反しても免職することができ、この場合にはその免職に関し公労法第八条第二項で認められている団体交渉も許されないし又同法第十九条に定める苦情処理協同調整会議に苦情を申出ることも許されないということになる。団体交渉が許されなければ仲裁委員会に仲裁を求めることも許されないことは公労法第三十三条により明らかである。整理の基準実施方法等に関し、団体交渉をする権利も与えられず整理人員の数につき一定の制限がある外、国鉄法第二十九条ないし第三十一条に認められているような保証もなく全く総裁は一方的に免降職することができ、しかも被免降職者はこれに対し裁判所に出訴する外公労法に定められている不服申立の余地をも与えられていないということは使用者たる国鉄側に著しく有利且優越的地位を法律により認める反面、その相手方である職員側には著しく不利且従属的地位を法律上定めたものといわなければならぬ。定員法による免、降職に関する限り、右のことは国鉄職員の場合も国家公務員の場合と同一であつて(定員法附則第五項は国家公務員の免、降職に関し国家公務員法第八十九条ないし第九十二条の適用を排除し、同条に定める人事院への不服申立を許さないことにしている。)それは明かに国家権力の発動として職員側に忍従を強いる公法関係であつて、当事者対等、私的自治を建前とする私法の観念では到底理解できない関係であるというべきである。
従つて、少くとも定員法による国鉄職員の整理に関する限り総裁の定員法にもとづく免職行為は行政庁の行政処分と解すべきである。
従つて本件免職が公法上の行為である以上、仮に原告主張の如き違法があつたとしても本訴は行政庁の処分の効力を争うものであるから、違法な行政処分として取消の訴(いわゆる抗告訴訟)の目的となりうるに過ぎない、従つて原告等が本件免職行為を無効として、その確認を求めることは失当で、本訴は不適法として却下さるべきである。
二、仮に本件において無効確認の訴が許されるとしても、公法上の処分の無効確認を求める訴訟とその取消又は変更を求める訴訟とはいずれも公法上の処分の違法を攻撃してその無効の確定を求める点に共通の性格を有するものであるから、無効確認訴訟は行政事件訴訟特例法中の取消訴訟に関する規定を類推適用すべきで、本件においては処分庁である国鉄総裁を被告とすべきで被告日本国有鉄道は正当なる当事者としての適格を有しないから本訴は不適法として却下さるべきである。
と述べ、
本案に対する答弁として、
原告等の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
との判決を求め、請求原因に対する答弁として、
被告は原告等をその主張の日に行政機関職員定員法に基いてそれぞれ免職したことは認めるが、その余の事実は否認する。定員法附則第七項ないし第九項には国鉄総裁は職員をその意に反して免、降職することができる旨定められているが、これは、本案前の抗弁において述べた如き国鉄の性格から、国鉄が国会、政府の支配監督下におかれている以上、法律を以て国鉄職員の定員を定め過剰人員を整理すべき旨を定めうることは当然のことで、従つて国鉄総裁が定員法を適用して原告等を免職したことは適用すべからざる法律を適用したことにはならない。
又定員法に基く免職には何等の基準が示されていない。従つて総裁は国鉄職員をその者が国鉄労働組合の役員であると否とにかかわらず、独自の見解で免職させるが適当であるか否かを判断して処分することができる、いわゆる自由裁量処分であるので、その処分につき当不当の問題はあるにしても違法の問題は起りえない、従つて、原告等が組合専従者であつてもその免職は公労法第五条違反となるものではない。
と述べた。(証拠省略)
三、理 由
まづ被告の妨訴抗弁につき考えるに、
被告は、本件免職は行政処分であるからこれに対する不服の訴は右処分の取消を求めるいわゆる抗告訴訟によるべきで、無効確認の訴は許されないと主張するが、本件免職処分が行政処分であるかどうかは今暫くこれをさしおき、仮に行政処分であるとしてもこれが違法を攻撃して裁判所にその救済を求める訴の形式として右処分の取消を求めるいわゆる抗告訴訟の許されること元より異論のないところであるが、他面この取消訴訟には出訴期限の定めがある関係もあつて、絶対無効と目すべき行政処分の効力につき争のある場合で、しかも取消訴訟を起すには出訴期限を経過しているが如き場合これが紛争解決の方法として右行政処分の無効確認を求めることもまた元より許さるべきであるから、行政処分に対する不服の訴は取消訴訟に限るとの主張は採用できない。
次に被告は仮に無効確認の訴が許されるとしても、本件免職処分は国鉄総裁のなした行政処分であるから、国鉄総裁を被告とすべきで、日本国有鉄道は被告たる当事者適格がないと主張するが、本件免職処分が私法上の行為とすれば、これが無効確認の訴は被告は原告等の元使用者である国鉄でよい訳であるし、又公法上の行為とすれば確認の訴とはいうも行政処分の違法を攻撃して、その無効の確定を求める点において取消訴訟と共通点を有するものであるから行政事件訴訟特例法中の取消訴訟に関する第三条の規定を類推適用して、処分をした行政庁たる国鉄総裁を被告とすることができると共に、そもそも取消訴訟において、処分をした行政庁を被告とすべく定められたのは、理論的には被告たるべきものは権利主体たる国であるべきだが、国の機関として直接にその処分をした行政庁に形式的当事者能力を認め、これに攻撃防禦の方法を尽くさせる方が争の性質上適当であるからに外ならないことにかんがみれば、当事者訴訟たる確認の訴においては権利主体たる日本国有鉄道を被告とするも差支ないものと解すべきである。従つて国鉄はいずれにしても被告たるの適格を有するものというべくこの点についての被告の主張もまた採用できない。
よつて本案につき判断する。
原告等が被告国鉄の職員であつたこと、訴外被告国鉄総裁が昭和二十四年七月十五日附原告等を定員法により免職するものとして解雇したことは当事者間に争がない。
まず原告は定員法は国鉄職員には適用されない旨主張するが、定員法附則第七項ないし第九項には国鉄職員の定員を定め、これを超える人員は昭和二十四年九月三十日までに逐次整理されるべきこと、右整理に当り国鉄総裁はその職員を意に反し降職免職できること、公労法第八条第二項、第十九条の規定は適用されないことを定めており、この定員法は昭和二十四年五月三十一日に公布され翌六月一日、国鉄法とは同時に施行されたもので、ここに整理の対象とせられている国鉄職員とは、定員法の公布された五月三十一日当時は、国鉄法の施行と共に国鉄に引継がれるべき運輸省職員であつたのであるが、当時我が国において、いわゆる経済九原則実施の一環として、国家予算の均衡をはかるため、行政機関の人員整理がやむをえない必要措置とされ、各省職員と共に運輸省職員も勿論その枠内にあつたことで、運輸省で運営して来た鉄道事業が国鉄にひきつがれても予算の面では国家予算と同様に扱われ、国家財政と直接のつながりを持つているから(国鉄法第三十八条ないし第四十六条)人員整理の必要という点で別段差異があるわけではないのであるから、定員法附則で国鉄職員整理の規定を設けたからとて、国鉄法と相容れない矛盾するものではない、従つて国鉄職員に定員法という適用すべからざる法律を適用した違法ありとの原告の主張は採用できない。
次に原告の本件免職処分は定員法による免職に名をかりた不当労働行為であるとの主張につき考えるに、もし原告主張通りの事実があつたとした場合、本件免職処分が私法上の行為であるとすれば、公労法第五条に違反した無効のものといわなければならないが公法上の行政処分であるとすれば、定員法附則には整理の基準なるものは規定されていないから、誰を免職するかは国鉄総裁の自由裁量に委ねられているものというべく、元より、自由裁量行為と雖もそこには自ら一定の限界があるべく、これを超えるときその処分は違法性を帯びるものということができるであろうが、それは高々取消しうべき程度の「かし」に止まり絶対無効と目すべきものとはいえない。従つて原告の本訴請求の当否は本件免職処分が私法上の行為か公法上の行為かによつて決まるわけである。まず、順序として、国鉄とその職員との勤務関係は如何なる法律関係にあるかという点から考察して行こう。
国鉄は従来国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営していた鉄道事業その他一切の事業を経営し、能率的な運営により、これを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人であることは国鉄法第一条第二条に明定するところである。しかしながら国鉄が公法上の法人であるということから直ちにその職員の勤務関係は公法関係であり、その任免は行政行為であると結論することはできない。例えば国家公共団体に使用されている単純な労務提供者たる臨時雇の如き場合を考えれば明らかであろう。従つて国鉄とその職員との関係が公法関係か私法関係かということは、実定法上どの様に規律されているかによつて定まることである。
そこで国鉄職員の身分につき関係法規はどの様に規定しているかを検討してみると、
(イ)職員の任免は成績その他の能力の実証に基いて行われ(国鉄法第二十七条)(ロ)一定の事由があるときはその意に反して降職、免職にさせられ(第二十九条第三十条)(ハ)一定の事由があるときは懲戒処分に附され(第三十一条)(ニ)職務の遂行については誠実に法令、業務規定に従い、全力をあげて職務に専念しなければならない旨、国家公務員の場合と同様の規定がおかれ、(ホ)職員は法令により公務に従事する者とみなされ(第三十四条第一項)(ヘ)恩給法、国家公務員共済組合法、健康保健法、国家公務員災害補償法、失業保険法等の法律との関係において、国鉄職員は国に使用され国庫から報酬をうけるものとみなされ(第五十六条ないし第六十二条)(ト)争議行為は一切禁止され(公労法第十七条)ているが、
又他面において、(チ)国鉄職員には国家公務員法は適用なく(国鉄法第三十四条第二項)(リ)賃金、労働時間および労働条件、就業規則、時間外割増賃金、休日および休暇、懲戒規則ならびに昇職、降職、転職、免職、休停職および先任権の基準に関する規則、苦情処理機関、安全、労働協約の終期、更新、および延長等の事項につき団体交渉をすることができ(公労法第八条)(ヌ)国鉄と職員間の紛争解決のために調停又は仲裁の制度が設けられている(公労法第五第六章)等国家公務員が(リ)に記載する様な事項につき団体交渉権を有せず、専ら法律又は人事院規則の定めるところに一任されており、勤務条件に関し、人事院に行政措置を要求し、職員の意に反して不利益な処分を受けた場合に人事院に審査を請求しうるに止まるのと大いに異なり、一般私企業における労資紛争の解決方法として認められている調停仲裁の制度に近似した規定がおかれている。
もつとも、前記(イ)ないし(ニ)類似の規定は一般私企業における就業規則、従業員規則中にも屡々見られるところであるし、(ホ)は従来他の法令にも用いられている如く(例えば日本銀行法第十九条)唯刑罰法規の適用および職務執行関係について公務員とみなす趣旨に過ぎないものともみれるし、(ヘ)の準用規定は従来国の行政機関が経営していた鉄道事業を国鉄に引継いだため、前記法律を国鉄およびその職員に適用するための便宜的技術的規定に過ぎないものと解せられる。又一方(リ)の団体交渉と雖も職員の免職、降職休職に関する基準や懲戒規則に関する団体交渉の範囲は国鉄法第二十九条ないし等三十一条の規定の制限の下にのみ許されるものであるし、資金の追加支出を内容とする協定は国会の承認を効力発生の要件としていることは被告主張の通りである。
これら各規定を検討してみて看取されることは国鉄職員の身分関係を規律するものは、私法的色彩のものと公法的色彩のものと相入り混つているということである。しかしいずれの比重が重いかといえば、やはり、権力服従の公法的色調よりも、当事者対等私的自治を建前とする私法的色調がその基調をなしているものというべく、更に原告主張の如きマツカーサー元帥より芦田首相に宛てた書簡が機縁となつて、国鉄法が成立するに至つた経緯をも考え合すとき、国鉄とその職員との関係は私法関係とみるべきものと解する。
次に定員法による免職の関係について考えてみるに、同法附則第七項ないし第九項によれば、国鉄職員は昭和二十四年十月一日においてその数が五十万六千七百三十四人をこえない様に同年九月三十日までの間に逐次整理されるものとし、国鉄総裁は右整理を実施するにあたり、職員をその意に反し降職又は免職することができ、この場合団体交渉も、苦情処理共同調整会議に苦情を申出ることも許されないことになつている、団体交渉が許されなければ従つて仲裁委員会に仲裁を求めることもできないわけである(公労法第三十三条)この様に国鉄総裁は全く一方的に免職降職を行うことができ、職員は只これに従うよう外ないとすれば、そこにはもはや当事者対等私的自治の観念は存在せず、国鉄総裁を行政庁に準じて考え、総裁のなす定員法による免職行為を公権力を発動としての行政処分と論ずるの外はない。
原告代理人は通常の場合の国鉄職員の勤務関係が私法関係ならば定員法適用の限度において、それが公法関係に転化するということは論理的にあろうべからざると主張するが国家は私法人又は時には一私人にも国家的公権を授与することがある(例えば土地収用法第九条、第二十条、電気事業法第八条、瓦斯事業法第七条等の土地立入権の如き公用使用権、土地収用法における起業者の土地収用権参照)し、ましてや国鉄職員の勤務関係は通常の場合と雖も前述する如く、純然たる私企業におけると異り、公法的私法的色彩の相混合したものであることを考えれば、定員法による免降職の範囲において、国家が国鉄総裁に公権力を附与するということは論理的に少しも矛盾するものではない。
この様に本件免降職処分が公法上の行為である以上、たとえ、原告主張通りの不当労働行為であつたとしても、先に述べた如く、その違法は絶対無効を以て目すべきではないから、原告等に対する免職の無効確認を求める原告の主張は、証拠調をなすまでもなく、主張自体によりその理由がなく、従つて免職が無効であることを前提として金員の支払を求める部分もまた理由がないから原告の請求はいずれもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の点につき、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 乾久治 中村三郎 朝田孝)